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観瀾亭(かんらんてい)

ページID:0001140 更新日:2026年1月13日更新 印刷ページ表示

観瀾亭(かんらんてい)の画像1観瀾亭(かんらんてい)の画像2

この建物は文禄年中に豊臣秀吉から伊達政宗が拝領した伏見桃山城の一棟で、江戸品川の藩邸に移築したものを二代藩主忠宗が一木一石変えずこの地に移したものと伝えられています。
現在観瀾亭では、抹茶等も提供しておりますのでのんびりと旅の疲れをおとりください。

観瀾亭

観瀾亭の画像1観瀾亭の画像2

建物は東西に向き京間18畳2室からなり四方縁をめぐらした簡素明快な建築である。
床の間の張付絵や襖絵は壮麗な極彩色で画かれており、柱間1間6尺5寸の京間であること、軽快な起りを持つ屋根からして桃山時代の建築であると考えられている。
藩主の納涼、観月の亭として「月見御殿」とも呼ばれたが、公式な記録によると藩主・姫君・側室等の松島遊覧、幕府巡見使等の諸国巡回の際の宿泊及び接待用の施設となる「御仮屋」として利用されていた。
江戸時代の終わりまでこの敷地内には藩主などに随行する侍の部屋、台所、馬屋など11棟あまりの建物が存在しており、観瀾亭はその中で一部分が現存しているもので我国でも貴重な建物である。

御座の間

御座の間の画像

藩主等の賓客の間であり床の間、襖、障子腰板に金箔を張り付け、極彩色で画かれた桧と槙・笹竹等を中心に林木花卉と渓流の図は、構図法・彩色方から伊達家お抱の狩野派系統の絵師の遺品と見られている。
床の間の「雨奇晴好」の額は5代藩主吉村公の筆で宋の詩人蘇軾の詩から採った句である。
この亭を「観瀾亭」と命じたのは吉村公で廊下の額は江戸中期の書家佐々木玄龍の筆で次の間との欄間にかけてある「観瀾」の二文字は7代藩主重村公による。

どんぐりころころ歌碑

どんぐりころころ歌碑の画像

童謡「どんぐりころころ」は松島町出身の青木存義先生が、文部省在職中の大正年間に松島での幼き日を偲び作詞されたものであります。
観瀾亭敷地内に歌碑があります。

松島博物館

松島博物館の画像

松島にゆかりのある文化財の品々のほか、季節に応じた展示を行っています。

観瀾亭での前撮り等利用について

  • 観瀾亭で結婚式前撮り等撮影をご希望の場合、下記PDFを参照のうえ、撮影の1ヶ月前までに松島町産業観光課観光班まで連絡をお願いいたします。
    前撮等利用のルールについて [PDFファイル/102KB]
  • 撮影にあたり、営業時間外での撮影及び貸し切りでの撮影対応はできかねますので、ご了承願います。
  • 前撮り等撮影で観瀾亭を使用する場合、併せて同敷地内にあります「明月庵(松島海岸公園避難施設)」の使用が原則となります。
     観瀾亭での撮影が確定後、利用日の1週間前までに『様式第1号 松島海岸公園避難施設使用許可申請書』及び『様式第3号 松島海岸公園避難施設行為許可申請書』を 松島町産業観光課観光班まで提出してください。

 ※申請の使用時間は会場準備や後片付けを含めた時間としてください。

明月庵(松島海岸公園避難施設)について

明月庵(松島海岸公園避難施設)についての画像

 明月庵は、観瀾亭・松島博物館の隣に位置する2階建ての建物で、避難施設や地域住民の集会の場としても利用されています。

 1、2階ともに全室和室で、お手洗いも完備されております。

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