この建物は文禄年中に豊臣秀吉から伊達政宗が拝領した伏見桃山城の一棟で江戸品川の藩邸に移築したものを二代藩主忠宗が一木一石変えずこの地に移したものと伝えられる。
現在観瀾亭では、抹茶等も提供しておりますのでのんびりと旅の疲れをおとりください。
また古き時代を振り返り、当時を想い出してみてください。
■拝観料
 【個人】大人:200円  高・大学生:150円  小・中学生:100円
 【団体】大人:150円  高・大学生:100円  小・中学生: 80円
  ※30名以上
■松島海岸駅から徒歩4分
 

観瀾亭

建物は東西に向き京間18畳2室からなり四方縁をめぐらした簡素明快な建築である。
床の間の張付絵や襖絵は壮麗な極彩色で画かれており、柱間1間6尺5寸の京間であること、軽快な起りを持つ屋根からして桃山時代の建築であると考えられている。
藩主の納涼、観月の亭として「月見御殿」とも呼ばれたが、公式な記録によると藩主・姫君・側室等の松島遊覧、幕府巡見使等の諸国巡回の際の宿泊及び接待用の施設となる「御仮屋」として利用されていた。
江戸時代の終わりまでこの敷地内には藩主などに随行する侍の部屋、台所、馬屋など11棟あまりの建物が存在しており、観瀾亭はその中で一部分が現存しているもので我国でも貴重な建物である。
 

御座の間

藩主等の賓客の間であり床の間、襖、障子腰板に金箔を張り付け、極彩色で画かれた桧と槙・笹竹等を中心に林木花卉と渓流の図は、構図法・彩色方から伊達家お抱の狩野派系統の絵師の遺品と見られている。
床の間の「雨奇晴好」の額は5代藩主吉村公の筆で宋の詩人蘇軾の詩から採った句である。
この亭を「観瀾亭」と命じたのは吉村公で廊下の額は江戸中期の書家佐々木玄龍の筆で次の間との欄間にかけてある「観瀾」の二文字は7代藩主重村公による。
 

屏風

博物館の中に展示している金箔地極彩色鳳凰之図であり、筆者は佐久間右京です。
 

どんぐりころころ歌碑

童謡「どんぐりころころ」は松島町出身の青木存義先生が、文部省在職中の大正年間に松島での幼き日を偲び作詞されたものであります。
観瀾亭敷地内に歌碑があります。
 

貝合せ道具

宝暦10年(1760年)近衛家から伊達家第7代藩主重村公に輿入れされた年子(のぶこ)姫が持参されものと思われる他、当時の武家生活に使用した器や武具等も多数展示している。
 

武家用女駕籠(模型)

大名の女駕籠で、実物を製作する前に必ず寸分ちがわぬ模型を試作させたものです。
 

道中手あぶり

旧藩時代、駕籠で道中する際に、主として婦人が使用した手あぶりです。
 

伊東肥前着用の鎧

伊東肥前重信は、天正13年(1585年)人取橋(福島県)の合戦に奮戦した伊達政宗麾下(きか)の勇士である。
 

松島博物館

江戸文化に伊達姿を重ねた異色の大名道具、正確な5千分の1の空から見た松島の立体模型、武具、装身具、化粧道具から中世武士の生活用品まで蒐集、陳列してあります。
 

問い合わせ

産業観光課商工観光班 022-354-5708